「好き」について

 

 

 

「あのケーキ屋さんすごく好きなの」と呟いたとき

「へぇ、他のも美味しいんだ?」と返されて、

あれっ?と思ったことがあった。

 

実際には、その店でミルフィーユを何度か求めたことがあるだけであって、他のケーキについてはあまり考えたことがなかったのだ。

 

確かに「ケーキ屋さんが好き」と言うと、全種類をぺろりと網羅し、なおかつ常連という響きに聞こえなくもない。けど、決してそんなアツいわけでもない。

 

ことばの因数分解をしてみると「あのお店のミルフィーユを何度か買ってみたんだけど、サクサクでとても美味しくて、私はたまに食べたくなるんだ」ということになる。

 

でも、他のケーキは知らなくとも、間違いなく自分はその店が「とても好き」だった。

 

そう思うと

「好き」という言葉は、一人ひとりのスタイルがしっかりと染み込んだ、ごく個人的な気持ちを表す言葉である気がしてくる。

 

身内と年に1度だけ集まるレストランが1、2軒ある。年にたった1度でありながら、その店に行けることを心待ちにしていて、やっぱり「好き」と思っている。

 

となると、好きの代名詞として使われることの多い「常連」とか「追っかけ」という言葉は「好き」とはまた違った種類の言葉のように思えてくる。

 

「好き」は決して「頻度」を指す言葉ではないのかもしれない。

 

自分の「好き」のものさしを心にしまっておくことは、最終的に自分に敬意を払うことにもなる気がした。

 

そんな寒い日の午後、でありました。

 

 

by londel  

 

 

 

 

…とミルフィーユ(また別の)を食べながらこの事を思い出しました。

 

写真は先日、作業の合間につかの間のお茶タイムへ飛び出したときの。濃いブレンドとさくさくミルフィーユは本当にぐんと命が蘇りますー。あたたかくして過ごしたいものです。