持ち物のカラーダイエット中。

 

ここちいいことを考える上で、色とモノの関係はけっこう深いと思っているのだけど、最近身の回りの色数を減らすのがたのしくて続けていたら、モノや部屋がほぼロイヤルブルーになった。

 

結果、持ち物自体も少なくて済むようになってきた。ブルーのファッションに合うようなアイテムなんて限られてられるのだ。身軽でいい。

 

そんなこともあり、持ち物の色数を絞るその名も「カラーダイエット」(造語)なるものにハマってしまった。

 

一時、ファッションやメイクはその日の気分に合わせてとりどりの中から好みのカラーを選ぶのがいいと思ったこともあったけど、面倒臭がり屋のプロであるわたしには、うまくいくはずもない。あわただしい朝、クローゼットをまさぐり、適当に一着のイエローのセーターを取り出す。ベージュのチノパンを当てがってみるが、何だかぼやけた印象。こっちの黒いズボンもコントラストが強過ぎるような…。これに合う別アイテムを揃えた方がいいと判断した頃、時既におそし、周りがちらかっている。そして家を出る時間。

 

一方ミニマリズムを教えてもらった昨年の夏、象徴的なモノクロスタイルがクールに見えた。日々の中で色の選択肢がごっそりと消えるから、ラクであることは確かだった一方、極端に色彩を消すことはさみしくもあった。自分が満足できる色とモノの関係は、すぐに見つかるものじゃなさそうだ。新しい色を追加するほどそれに合わせたモノが増えて煩わしいし、削り過ぎても毎日が色褪せたように感じちゃうし。

 

そんな中気になったのは「既に持っている所持品の色比率」だった。自然に手にとってしまう色ほど、好きなはず。

ほぼ青だった。ロイヤルブルーみたいな、瑠璃色みたいな深い青に魅せられていて、正直その一色だけが身の回りにあれば落ち着くのだ。決してイエローやパープルが好きなわけじゃなかった。

 

もんもんとしていた色への迷いは「たくさんのカラーのメイクや服を揃えなきゃ」とか「色違いで持っておいた方がいいかな」とか、そういう狹たり前(だと思われている)ものの揃え方瓩飽み込まれていたことへの違和感とか、自分が極端であることを否定したことから生まれたのかもしれない。極端でいいんです、自分が好きなら。

 

色への想いは、もちろんひとりひとり違う。この前の打ち合わせのとき、クライアントさんに好きな色を尋ねたら「カラフル」と答えられた。そして、海外のあるカラフルな街並みの写真を見せてくれて「この世界観が好きです」と。それも、とても素敵な世界だったな。

 

そんなわけで、ずいぶん持ち物がブルーばっかりになってきた感じです。(だからなんだって感じなのですが…笑)

利休の漆黒の楽焼じゃないけれど、周りから見たら極端とされることが、その人にとっては自分に合った開放的なここちいいスタイルであることもあるのだなあ、と改めて学びました。あの黒は彼にとってはどんな彩りも飲み込んでしまう、ブラックホールのような極彩色的世界だったのかも。

 

by Kei

 

 

うまし。