横たわるもの。

 

 

 

 

「人から相談を受けた時、よく言ってることがあるの」

「何ですか」

「川が横たわっていることについて」

「カワ?」

「うん」

 

馴染みの雑貨屋さんで買い物をした時のこと。

スタッフのお姉さんとよもやま話をしていると、いつのまにか狎遶瓩力誕蠅砲覆辰拭

 

「ヒトとの間には一本の川が流れてるよって」

「距離間みたいなことですか」

「まあね」

「幅や深さは」

「もちろん相手で変わる」

 

頭の中で、さらさらと流れる小川や、いつのまにか枯れてしまった近所の水路や、瑞々しいしぶきをあげる清流など「川的なもの」がいくつか思い浮かぶ。

 

「そんで、水は常に流れているイメージ」

「二度と同じ時は来ないんですね」

「そのとおり」

 

 

 

 

彼女はヒトとの関係を基本的に「川」に例えるらしい。

 

これを聞いた時、再読中だった『海からの贈り物』のある一節を思い出した。

 

「誰か友達と握手しながら、その間に犢嗅遶瓩横たわっているのを何度感じただろうか。」(リンドバーグ夫人著『つめた貝』の章より。強調点筆者)

 

ヒトとの間に川が流れているという人がいれば、荒野が横たわってるという人もいる。

 

いろいろだ。

 

しかしちょっと不思議でもある。

 

「関係」は目に見えないし触れられない。

 

そんな見えないものを、ヒトは瑞々しくしてみたりとか、枯れたものにして受け止めようとする。

 

こころからの実感の上で。

 

 

 

 

何気ない会話の中で、はっと気づかされる日でした。

 

帰り際「今後お姉さんのトークショウを開催してくれるならかならず行きます」と希望を伝えておいたけど、どうなるかな。

 

この話はおもしろいなー、書いておきたいなーと思ったので残した次第です。

 

 

 

サラバンドかじって目をそらす。

 

雨に滲むガラス越しの桃の花。

 

 

 

 

by londel