雑談部屋ー秋分ー

 

vol.8 編集中。最近思ったことを徒然に書きます。

 

●秋分ですね。

 

七十二候では、『蟄虫啓戸(すごもりむしとをとざす)』になりました。虫たちが土の下にもぐり、冬支度をはじめるんだそうです。小平のグリーンロードをひとっ走りすると、目に飛び込んでくるのは、毎年恒例の唐突さで咲き誇る赤い彼岸花の行列。どれも同じ背丈、形、一つの葉もついていないつるりとした薄緑の茎が、この世のものとは思えない妖艶さと近寄りがたさを感じさせます。そして、その名から自然に思い出すのが、小津監督の『彼岸花』という作品。そして、山本富士子演じる佐々木幸子の着物の帯や八掛の鮮やかさ。そしてそして、着物の虫干しの季節であるということを思い出し、例年通り慌てるのでした。そういえば、今年は浴衣が着れなかった。10月こそは小紋にお太鼓を締めたいけどどうなることか。

 

虫たちがいそいそと土の下で冬越ししようとしている時期で申し訳ないけれど、着ようが着まいがきっちりと袂に秋風を通しておかなくてはならない時期が来ましたね。

 

 

●ちちぶ餅

 

まんじゅうや〇〇餅というのは、基本的に中身となる餡子と外側となる求肥or餅or皮等の2つの要素から出来上がっているわけだけど、この普遍的な組み合わせが土地によってまったく違うわけで、何とも奥が深いものです。先日秩父に行った時に、手に入れた秩父名物「ちちぶ餅」も、言ってしまえば餡子をつつんだやわらかな求肥の、どこにでもありそうな和菓子なのだけど、びっくり。何個も食べてしまいそうなオイシサ。銘菓というのは、味はもちろん、土地の風景が思い浮かぶかどうかも大事なことの一つですが、この餅に限っては、消え入りそうな焼印ひとつで十分なのでしょうね。一口食べた食べたとたん、朝日を浴びて光る雲海と雄大な秩父の山々が目に浮かんできました。しかし、手元には人間の歯型のついた哀れな白い餅ひとつ。不思議なものです。餅を食べ、茶を喫しながら、「基本」について考えを巡らす秋の夜長であります。

 

 

 

●新月を超えて

新しい時間がまた巡ってきましたね。何だか、さいきんこの季節の一瞬一瞬が、両手のわずかなスキマから絶え間なく落ちていく砂のように感じます。それはいつも変わらないことなのだろうけれど、過ごしやすい秋分なるとなぜかな、余計にそう思います。尊いな。

 

 

 

 

by Kei