センス・オブ・ワンダー

 

 

 

「坐禅をしているときの意識は、眠りのそれとはちがうのでしょうか」

 

「近いところもあるけれど、もちろん違います。目を閉じて、無意識にもぐっていく眠りとは違って、あくまで覚醒している状態で、心をしずめていきます」

 

「目は閉じないということも、関係していますか」

 

「そう猗彰祗瓩覆鵑任后Jさまみたいに。でも、慣れるまでは、集中するために目を閉じて、カラダの中を旅してみるのも、もちろん良いと思いますよ」

 

「なるほど」

 

「つまり、外の世界とつながっていることに『きづく』状態をつくるんです。目を半分開けていると、庭先の草がひかりを浴びて光ってるところや、風が戸を揺らす様子が、見えたりします。耳には、鳥のさえずりや、寺のお隣が工事しているクレーン音が聞こえてきたりします。ぼくらは外界からのいろんなものによって、たしかな影響を受けています。

 

たとえば、呼吸。絶えず空気を吸いこみ、吐きだしているわけです。そうすると、さっきまで自分じゃなかったものが、次の瞬間に自分の一部になり、その次に自分の吐き出した空気はまた外の世界にかえっていきますよね。そのことに気づくために、意識は目覚めている。だから、眠りとは違いますね」

 

「気づきの連続ですね」

 

「僕はこれらを説明する時に、よくこの言葉を好んで使っています。『センス・オブ・ワンダー』と」

 

 

 

 

先日の京都。早朝、建仁寺の茶の碑を拝見したあと、両足院で坐ってきました。その時に副住職の方から伺ったワンダー、書き残します。

 

 

 

 

 

新しい時のはじめは、先日いただいた「貴船の彩」という初夏らしいお菓子と、濃いめの又玄。

 

 

 

 

 

 

by londel

 

 

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