「お変わりありまくりで、何よりです」

 

久しぶりにお会いした方に、待ち合わせ場所で開口一番「お変わりありませんね」という常套句をかけられるとき、首を傾げたくなることがある。お変わりありまくりよ、 と言葉尻をかっぱらってしまいたくなるときがある。我ながらメンドウなヒトだな、と思う。ただ、おきまりのセリフより、内側からの「?」に、まずは耳を傾けてみたいとおもう。

 

たしかに、くせ毛隠しの(フグ田タラオ)ヘアとか、目がちいさいことなどは、みたところ変わっていないはずだ。でも、あなたやわたしが今ここにいるということは、毎日食べものをいただき、仕事をし、おしゃべりをしたり、服を洗ったり、悩んだり、そんな名もなき日々のいとなみの流れの上に波乗りしていることで成り立っている。サーファーみたいに。その中で、互いのたいせつな時間を一緒にしている。というわけで、今こうしている間もめまぐるしく変わりつづけているんだ。


以前、どこかのラジオで、分子生物学者の福岡伸一さんが言っていたことに腰を抜かしかけた。この全く同じケースを事例に取り出して「こういう場合はですね…、お変わりありまくりなんですよ」と言っていたのだ…! ビンゴ感…! (だまらっしゃい)

 

福岡さんは、生命は「動的平衡」だといっている。いのちをかたちづくる数多くの細胞たちは、毎日いただく食べ物ものによって、入れ替わり立ち代わりアップデートされ続けている。古い角質ははがれ、髪や爪は新しく作られて、血は体じゅうをぐるぐるめぐる。入れ替わる際に起こる一瞬の不均衡のさなか、次の一手を出そうとする繰り返しの中に、いのちのダイナミックさが秘められている、と。それが「動的平衡」である、と。


また、こんなことも思い出す。春に京都の建仁寺・両足院で座ったときに、副住職の方が禅語「一期一会」について説明してくれたときのことだ。

 

「一期一会っていう禅語がありますね。お茶の世界で用いられている言葉でもあります。よく『この出会い、イチゴイチエだよね!』なんて、一生に一度の出会いの貴重さを表現する時に使ったりしますけど、一般的なイメージと、本来の意味には、ちょっとズレがあるんです。たとえ同じ人であっても、わたしたちは会うたびに一期一会なんです。変わってるんです。たとえ今日座っているこのメンバーで別の日に集まってもね、もう違いますよ」


座禅が終わった後、わたしはいそいそと祇園四条駅の地下にある欧米人がひしめくのスタバに入り、隅の小さなとまり木にすわり、コーヒーをすすりながら、メモ帳にこのことを書き留めておいたことを覚えている。


さて。これからは、久しぶりに会った人にはこういうことにしたらどうかな。


「お久しぶり! お変わりありまくりで、何よりです」

 

(怒られたらごめんなさい)

 

さて。記事を深めたくて、いろいろとお菓子を焼いて模索しては、デスクへ向かいます(上はスイートポテト、この写真はさつまいもパイ)。結果、デニムがきついような。かまわんよ。動物はね、厳しい冬を越えるために、芋や栗などを食して、栄養を溜め込む時期なんでしょう。(え)

 

 

by Kei

コメント

すっごく笑ったー(&#3665;>&#9697;<&#3665;)
いい記事です。
次回お会いするときは、
お変わりありまくりで何よりです(&#9593;&#9697;&#9593;)
。。。だね。

  • iroあかり Fumiko
  • 2019/10/04 09:29

Fumiko さま

ありがとうございます。
光栄なお言葉、です。

挨拶、そうしましょうかっ 笑

Keiko


  • londel
  • 2019/10/06 10:59