ばあちゃんちはなぜあんなにモノが多いのか(2)

 

 

【モノとの付き合い方・談話室】

 

 

 

 

どうも。ユキヤナギのモフに埋もれたい契です。

 

今日は、先日のブログのつづき

 

前回をざっくり振り返ると「ばあちゃんの家にモノが多くて、びっくりしちゃった」という話を書きました。

 

当初はモノに囲まれていることが幸せな祖母と身軽好きな自分の、単なる私的な「孫あるある」だと思っていたのですが、ある日アメリカのミニマリスト、ジョシュア ・ベッカーの本をめくっていたら、あるページでピタリと手が止まりました。

 

「どんな時代を生きてきたかによって、モノとの付き合い方は決まっているのだ」

(『より少ない生き方』ジョシュア ・ベッカー著 桜田直美訳 かんき出版 より)

 

読み進めてみると、意外なことが。

 

アメリカであっても、中国であっても、戦前戦後に生まれた年代の人たちには共通して「収集ぐせ」があるというのです。そんな傾向が彼の目には「病的な収集癖に見えても、実際は激動の時代を生きるための知恵」として映っている。世代による消費行動の違いというのは「その世代の人たち全体に共通するひとつの哲学でもある」と。

 

ジョシュア は続けて、世代による消費に対する考え方の違いは何によって生まれたのか、どんな歴史を生きてきたのかを知ることで「自分と相手」を深く知ることができるとして、戦前から現代までアメリカの世代を下記の4つにわけて、それぞれの消費動向と歴史背景を語ります。

 

厳密な科学による結果ではないし、アメリカ限定であるし、世代をひとくくりに語れるものじゃないと承知しつつも「ここだけのはなし?」と思ってしまうのでした。

 

それが、この4つの世代。

 

.汽ぅ譽鵐肇献Д優譟璽轡腑鵝1928年〜1945年)

▲戰咫璽屐璽沺次1946年〜1964年)

ジェネレーションX(1965年〜1980年)

ぅ潺譽縫▲訐ぢ紂1981年〜2000年)

 

要約したものも下に載せておきますね。

(※あくまでわたし自身が読んで、ざっくりまとめた内容です)

 

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.汽ぅ譽鵐肇献Д優譟璽轡腑鵝1928年〜1945年)の人たち

大恐慌と世界大戦の時代に育った。この人たちは、たいてい買ったものを長く使う。きびしい争い、食料配給の経験など、必要に迫られて「質素倹約」なくらしを余儀なくされたため、取っておけるものは何でもとっておく習慣がついた。モノがあることが豊さだと感じているため、生活をダウンサイズすることに苦痛を感じる人も多い。

 

▲戰咫璽屐璽沺次1946年〜1964年)の人たち

大戦直後に生まれたこの世代の人々は、サイレント世代とは対照的に豊かな恩恵を受けて育った。アメリカでは、大戦終結をうけて戦場から兵士たちが戻り、出生率も上がったため、深刻な住宅不足に見舞われた。結果的に都市部から郊外への「郊外型ライフスタイル」が主流になり、女性の活躍や共働き世代も一気に増え、安定と成長の中で所有への動きも強まった。けれども、今「所有=幸せ」へのギモンも芽生え始めた人も多い。

 

ジェネレーションX(1965年〜1980年)の人たち

著者が属しているのがこの世代の人々。「冷めている」とか「個人主義」と言われることもよくある。所有することへの豊さとギモンの狭間を見つめてきた人々で、多くの意味で「狭間に生きる世代」と捉えている。テクノロジーの革命が起きたのもこの時期。

 

ぅ潺譽縫▲訐ぢ紂1981年〜2000年)の人たち

大規模な金融危機やテクノロジー革命の後に生まれた最初の世代。ミニマルや身軽なくらしへの移行に違和感を持ちにくい。インターネットが発達して、小さいころからひとりが一つのデバイスを持っていることが当たり前。移動が多いことが特徴のため、モノへの所有概念は移動への妨げだと考える人も多く、身軽を好む。シェアの文化も特徴。

 

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とのこと。

 

この一つの表を見たに過ぎないのですが

常に退くことのできない「時代」という名の

ヴェールをかぶらされることは、世界共通なのかもしれません。

 

いちおうこの区分けに沿えば、祖母はサイレント世代で、自分はミレニアル世代にあたります。

自分の知らない世代を知るという遠回りは

自分自身を知ることにつながります。

 

ただ、ばあちゃんも私も「今ここ」の時間を共有しているのは紛れもない事実。

そういう意味では、みんな世代関係なく最前線に立ってるのだから

「Here & Now」の目線は、どんな時代のどこにいる人々でも、常に求められていくことだと、ひらめくのでした。

 

 

 

ここからは蛇足。

上のページを通して、自分が実感として語ることができるのは、ミレニアル世代の部分になります。

日本のいち、この世代(?)として、い旅猝椶鮓て感じたのは「このワカモノたち、なんだか遠慮することなく、明るく、シェア文化に順応して、自由を謳歌しているイメージだなあ」と思ったこと。

 

アメリカンなフィルターもかかってるのかもしれないけれど。(笑)

 

もちろん、そのように流動的で、明るい一面もあると思うけれど(まず、わたしにはアメリカの若者の友だちはいないし)、日本の一部に広まりつつある身軽な人々を見て個人的に思うのは、そうならざるを得ないという「諦観」や「鋭さ」も感じること。

 

世界的になってきた身軽さと、日本特有の「もののあわれ」的な精神世界が絡みあって見えることもあったのか、私はなんだかそんなHere & Nowを土台としたこの落ち着きに惹かれます。

 

by Kei

 

 

 

 

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