頼る新月。

 

photo:Blu-rayシリーズ『シャーロック・ホームズの冒険』より

 

 

先日はイラストを含めたご依頼で、バイオリンなどの弦楽器を描いていました。

 

これらの、いきもののような精緻な立体美は、シロウトが二次元ごときでとらえられるわけがなく、ビル内の○村楽器に出かけ、ショーケースをただ舐めまわすように眺める怪しい人、やってきちゃいました。(生まれてこのかた触れたことがない)

 

帰宅後、モーツァルトの弦楽三重奏をエンドレスで聴きながら鉛筆を走らせていると、あるフレーズでぴたりと手が止まる。なんだか、バイオリンを演奏するホームズがとなりにーーそれを横目に小言を吐きながら執筆中のワトソンも一緒にーー佇んでいるような錯覚が……。たぶん、ホームズシリーズのBlu-rayを見過ぎた結果だろうか。(…手をうごかせいや)

いやはや、何話かのエンドロールで弦楽三重奏がBGMになっていた気がしたのです。気になっているので、どなたかご存知の方がいたら何話なのか、または曲名を教えてくださるとうれしいです(涙)

 

…話がずれました。

 

実際の生演奏をとおして勉強する気でいた、今月開催予定だったオケ鑑賞は、昨今の流れで延期になったので、動画と、経験者であるお客さまのアドバイスと、得意の妄想(ここでもホームズ?)だけを頼りに、進めていました。

 

そんな中、今まで「何事も実際の経験を元にしなくてはいけない」という自分の中のねばねば納豆病(〜ねばならないと考えがちなこと。造語。納豆は好物)が強かったことに気づくと同時に、それはあくまでケースバイケースであること再確認。経験に基づくことは大事だけれど、それらができないときは、文明のリキとか他に経験している人の知恵とか「身の回りで手がとどくもの」など今「眼」のなかに飛び込んでくるものに頼ること。自分の弱さ、できないこともはっきりすることも大事なこと。改めて、人の「眼」って不思議だな、とおもいました。

 

思い返せば実際にしてみたにしろ、そこに安住してしまうこともあった気がします。他の人が言ったことや思い込みではなく、意識的な選択でなければいずれも諸刃の剣、ということでしょう。

 

先日の宇宙元旦となる春分の日を迎え、土星の水瓶座入り、そして今日の新月が重なっており、「新しさ」が段階的に際立っている時期ですが、ここでも「意識的」という言葉が浮かんできます。意識を持って、新月の運ぶ未知に構えているようなイメージです。

 

というわけで、今はそんな「いつもより、あるものに頼って進む時期」としております。

 

二十四節気では春分、七十二候では雀始巣、春の一日ですね。

いつも読んでくださって、ありがとうございます。

 

 

ひとまず、ゆずってもらったレモングラスのオイルをスーハーしてから、ゆるんだ靴紐を結びます。

 

 

 

By Kei

 

 

 

 

 

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