ただそこにいたいだけのこころ

 

1月下旬のこと。こころの構造、とくに「不安」という感情について調べていたわたしのために親戚がおしゃれな表紙の一冊を貸してくれました。イギリスで不安神経症に悩む人を支援する活動をしているポール・デイビットの書いたもの。内容は、タイトル『不安神経症・パニック障害が昨日より少し良くなる本(晶文社)』のまんまで、10年以上にわたって不安神経症に悩まされてきたポール自身が今心に不安を持ち続けている人々のために贈った、読むカウンセリングブックです。この気持ちとどう向き合えばいいのか。ポールは冒頭でバサッとこう言い切っています。

 

「答えは『何もしない』です」

 

一見禅問答のようなこの答えの裏付けが、後の約200ページにわたって記されていきます。「症状を乗り越えるのを助けてくれるのは、あなたが感じている不安感そのものです」と本の中でポールは言い聞かせるように語ります。目からウロコを落としながら読んだことを今、思い返していました。

 

「禅問答っぽい」と思ったのも、この本を読んだ時期がちょうど坐禅のやり方を模索していた時期で、禅僧の藤田一照先生のテキストのこんな一節をたまたま反芻していたからでした。

 

「禅では、自らの意志を発動して、身心に力を入れて強引に行う行為を『強為(ごうい)』と言います。一方で、(中略)開かれた態度で自ずから行われていく自発的な行為を『云為(うんい)』と言います。この二つの言葉を使うなら、ブッダが樹下の打坐で成し遂げたパラダイムシフトは、強為の習禅的修行から云為の坐禅的修行への根本的転換だったということになります。ブッダが瞑想や苦行に見切りをつけたのは、それがどこまでもハウツーに終始するものだったからです」(『ブッタが教える愉快な生き方』[NHK出版]より)

 

ポールの言っていることは、樹下の打坐と同じ作用だなと、気づいた瞬間でもありました。

 

人の苦しみ目の当たりにした「四門出遊」の出来事をきっかけに、修行に乗り出した青年シッダールタは、数々の瞑想家や苦行者のエキスパートたちの門をたたき、出される過酷なメソッドに取り組み、次々とクリアしていきます。けれども、やがてこれらの「統制する技術」を徹底的に得ようとすることの限界を感じ始めます。その果てに「樹下の打坐」はありました。ぽんっと、樹の下に座ってみた。そうして7日間坐り続けた末に「覚り」を開くことになった。

 

瞑想や苦行などエキスパートから教わったハウツーは、こころやからだをコントロールするための「強為」のテクニックであって、やればやるほど自我の意識が強化されてしまうものでした。自我が作り出した問題や苦しみは、自我の努力では解決できないというとを発見したのではないか、と一照先生は語ります。

 

そんなわけで、ブッダの坐禅と同じように「不安は放置でOK」と語るポールはかなり似ています。

 

人は生存戦略のひとつの方法として、少しだけ不安を感じやすく作られた存在だと言ったのは、誰でしたっけ。巷でよく耳にする言葉です。実際に脳も構造上そのように作られているといいます。この感情を持つことは呼吸のように自然そのもので、わるものでもなんでもなかったものでした。むしろ「わるもの」とみなして追い出そうとしたり、なかったことにしたり、じたばた抵抗すると、たちまち突然変異を起こして牙を剥きます。一照さんはこれを下記の方程式で表していました。

 

「解像度の高い眼で内的体験を観測することから導き出された法則の一つが『苦しみ=痛み×抵抗』という式です」

 

話はちょっとずれますが、毎年夏がくる度に、わたしがうっとおしさを通り越して感心するのは、蚊の無神経なまでの勇気です。耳元でぶんぶん唸りながら食べもの探しに専念する彼らの目の前で、一度両手をパチンと威嚇しても、ちょっと反応する程度。動揺をみじんも見せることなく、また果敢に近づいてきます。反射的であっても、不安は感じちゃいませんね、たぶん。もしわたしが今のまま蚊として生きていたら、自分より数千倍以上も巨大な生きもののてのひらで一瞬でプレスされちゃうことがわかれば、冷や汗を垂らして、すぐにその場から飛んでいきます。日々みんなが普通にやってるように、不安を利用して、身を守ろうとするはずです。

 

はるか遠い昔、からだも小さく、特にすぐれた身体能力もちからも持っていないヒトという生きものが、生き残っていくためにこの武器を身に付け、危機管理能力のひとつとして使いながら、きびしい世界を生き抜いていこうとしていた。そんな、太古から受け継がれてきた高度なセンサーが巡っている。そう、ダイナミックに考えてみると、ちょっとおもしろいです。

 

ポールはやっぱり何度も言い続けています。

「不安はただそこにいたいだけなのです。居場所を与えてあげれば、静かに消えていきます。(中略)気持ちになるまいとしたり、理解しようとする必要はありません。どんな気持ちが起こっても、それを受け入れ、居場所を与えてやるのです。感じるのはごく自然なことなのですから…」

 

この言葉を読んだとき、何故だかわかりませんが、すみっこぐらしの仲間たちを思い浮かべました。(笑)あの子たちって、すごくおずおずとしていて、謙遜しながらも「ここにいてもいいよね」「うん、いいよ」と互いに声を掛け合って、おしくらまんじゅうしながら気長にやってるんですよね。そんな云為的な生き方を見ていると、そりゃ、まったりしますわ。

 

 

さて、4/8に天秤座でスーパームーンの満月ということで、今日はこんなblogにしてみました。心に関する記事は、これからも

いくつか書いてみたいことがあります。

 

2020年で一番の大きな月が見えるはずですよ。月光を浴びるために、夜空を眺めたいと思います。

 

 

 

 

 

by Kei

 

 

 

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