小冊子というアウトプットについて

 

 

 

数あるアウトプットの中でも、小冊子という方法も例に漏れず、お届けするのにも、お伝えするにも、時間がかかる。このなくちゃいけないタイムラグの間、わたしは待たないという姿勢すら忘れようとするし、お読みになる人にもしていただいてることが多いはず。

 

こだわりの級数の小ささもあって、ざわつく場所では読めないだろうし、そも、一見捉えにくい特集をエフイチ世界はよしとしているので、

 

こんな目も眩むほどの情報が毎秒飛び交う時代に、あなたのアテンションは貴重すぎやしないかと、日々恐れにも似た自覚があります。

 

そして数ヶ月経って、メールやお葉書、お手紙をいただくというかたちで、ちょっと遅れた正解なんてない答え合わせを慈しむときに初期化されるものに導かれています。

 

そんな中、最近思うのはこれからは画面を見てる方へのアテンションの争奪にはより一歩引いていたいし、

 

自分も人様のアテンションを奪うほどの情報投下なのかより意識的になりたいし、

 

(なぜなら、ひとの時間も、自分の時間も、貴重、有限すぎるため)

 

そうするからにゃ、ローテクだと承知しつつも紙終わったとか言われても、深度は高いアナログ紙媒体に走ろうと決めたいつかの自分に手を振りたくなってくる。世の中に散らばった大好きな表現や作品に倣い、自他への尊敬から生まれた試みだったはずだから。

 

最近ドイツで最近生まれたというスロー・メディアの定義にグッときました。

 

「デジタル・アテンション・エコノミーがますます多くのクリックベイトを押しつけ、人々の注意を細切れにして衝動の断片に変える時代における適切な反応とは、メディア消費にもっと意識的になることであるとした」(『デジタル・ミニマリスト』Cal Newport著 池田真紀子訳 早川書房)

 

 

どんなこともスケートリンクを延々とつるつる滑るようにものごとが表層で進行する文化においては無論メリットもあるけれど、わたしは正直真顔になることも多い。

 

人の内面の人間っぽいざらざらした部分とか素直に感じられていることを解像度高く掘り起こしたいんですが、どんなもんをつくりたいんですか、と聞いていただくと言葉に詰まる矛盾もめちゃ多い。つまりは、わからんことこそがつくる理由になってるということ。

 

どんな小さくてくだらないことでもいいから自分を欺かないことをしたいし、欺いていない人のアウトプットに出合うと秒で息しやすくなるから、そういうので光合成をしてあとは自分で還元できる「術」を養っていきたいですね。最近はそんなこと考えてました。

 

…と早速人様のアテンションを費やすに値しないようなまとまらない文章を書きまくっている感じですが……わりとまともな理由はあります。

 

連日この禍に合わせる雑務で(みなさんも、そうだとおもうのですが、ほんとうに、おつかれさまです)ネットショップの告知もしてなかったんですけど、なぜだかバックナンバーをお届けすることがじわりと増えたとともに、本の感想メールとお葉書を、何を符号したのかお一人お一人からいただいていて。

 

時節柄もあって、とても、沁みました。

 

これは、そのお返事みたいなものだと受け取ってくださればうれしいです。(めんどくさい奴がここに)

 

今日のブログはなるべくまんまの気持ちを書きたかったので、筋も立てず文章を書きました。ただ、これがエフイチの基本方針であることは確かです。

 

いつもありがとうございます。

 

引き続き、お身体大事に過ごしましょうね。

 

 

by Kei

 

 

 

 

最近タッセル熱がとまらないー。先日、欲しかったにわか製作所さんのシルクタッセルの耳飾りをゲットして、毎日のように付けてます。精緻な作りに溜息。タッセルは、古来よりの魔除なんだな。