[ 1/f vol.8 ]谷根千・岡倉天心×平櫛田中ゆかりの場所巡り

 

現在編集中の1/f vol.8では、あたらしい試みの連載をはじめます。

 

第一回目でフォーカスするのは、ロンデルがかねてより気になっていた、明治の美術運動家・岡倉天心と、彫刻家・平櫛田中、2人の深い関係。取材中に彼らのゆかりの場所が谷根千に点在していることを知り、先週の週末、ひさしぶりに谷根千界隈をいっぱい歩いてきましたー! ずばりテーマは「岡倉天心と平櫛田中ゆかりの場所めぐり」です。

 

今日はちょっとその様子をざざっと載せてみます。

 

 

日暮里駅を降りて、坂道をてくてく歩きながら最初にやってきたのは、岡倉天心記念公園。中に入ってみると、小さな遊具がいくつかある緑いっぱいのちいさな児童公園でした。

 

 

天心ゆかりって知らなかったら、フツーの公園だと思って素通りしてたかもしれないくらいこじんまりとしてました。天心の旧居でもあり、明治31年(1898年)、芸大校長を辞職した35歳の天心が、日本美術院を創設した場所であります。木陰がたくさんあって、ずっと考えごとしていたいような、居心地のいい公園でした。何より胸を打たれたポイントは、公園内の色んなものが「六角形」なこと。水飲み場とか、トイレとか、芸が細かい。(上の写真のグリーン色のベンチもそう)

 

 

まず目に飛び込んでくるのはこの六角堂。中に金色に光る天心の像が安置されています。像は目カメラに留めましたが、見応えがありました。(私が六角堂をパシャっていると、同じくカメラを持ったおじいさんと遭遇したので、場所を譲り合うなんてことも。笑)

 

 

 

天心ゆかりの植物も、いくつか植えられていました。ここに越前水仙が植えられているんですって。天心×花と言えば、自然と『茶の本』の花の章を思い出しますね。

 

急な螢坂(ほたるざか)を登って次にやってきたのは…

 

 

 

臨済宗のお寺、長安寺です。(写真暗)

 

 

ここは、明治〜昭和を代表する彫刻家・平櫛田中にとって、ゆかりのある場所。天心があの跡地に日本美術院を立ち上げた時期は、田中が上京後に自分の号を「田仲(でんちゅう)」にし、この長安寺に下宿を始めた時期とかぶります。

 

この頃、臨済録の和尚である西山禾山(にしやまかざん)の元で説法を聞き、そこで禅の影響を強く受けた田中さん。作品にも禅の思想が反映されていく最初のきっかけになったと言われています。当時の田中は26歳。同い年ということもあり、感慨深いものがあります。

 

 

広大な谷中霊園を突っ切ってやってきたのは、平櫛田中の旧アトリエです。最初裏側に回って、その後正面まで行ってみたのですが、撮影許可のシールや掲示板などはなかったのでここは必殺目カメラと目ビデオに留めました。みたところ、2階建の味のある木造建築で、その場所だけ時が止まったような静かさがありました。

 

週末暑かったので、この時点で汗はダラダラ…。 最後の目的地・東京藝術大学にある田中作の岡倉天心像を見に行きます。

 

 

藝大着いたー!広いー!うつくしやー!

 

だ、が、し、か、し

 

この日はなんと文化祭でした…滝汗(知らなかったよ!)

敷地内が見渡す限りの人、人、人で、どえらいことになってました。人の波に押し流されるようにしながら、なんとか天心像に到着するものの、像の周りも人、人、人。なぜか遠くからガンダムのテーマが流れているし。

 

いやー、そんな中でも天心像、すごい迫力でした。

 

どうしてもおさめたいと思い、ブレまくりながらも、なんとか1枚残させていただき、嬉しかったです。

 

藝大で少しまったりする予定だったんですが…(今回の滞在時間約5分)また今度の楽しみにとっておきます。(笑)

 

 

この像にまつわる深イイおはなしを知り、記事に書かせていただきました。

こちらもお楽しみに。

 

気になる人は、ぜひ行ってみてくださいね。

 

by Kei

 

 

 

 

 

おまけ 帰り道、暑すぎて抹茶あんみつ食べました。地元、田無で。

(谷根千で、じゃないんかい……!! 白目)