[本日の1/f劇場]vol.1 カラオケボックス




londel blog限定記事
「本日の1/f劇場」 





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episode.1「オールドカラオケボックス」




アトリエ近く、とあるビルの2階に小さなカラオケボックスがある。

前から気になっていたこともあり、この日は打ち合わせの合間、気分転換に行ってみることにした。
外見から予想していたとおり館内は相当寂れていて、
何度も塗り足したであろう壁は所々が剥がれおち、床はガタガタしている。
受付には若い女性の店員が立っていた。

「何名様ですか」
「1人です。30分で」
「機種は」
「どれでもいいです。ワンドリンクですか」
「無料のドリンクバーになります。ご自由にお使いください。廊下にあるので」

そう言うと、店員は廊下に設置されたドリンクディスペンサーを指差した。
こちらも相当古かった。






ドリンクバーで、とりあえず飲んでも大丈夫そうな白湯を選ぶ。
昼間なのになぜか薄暗い館内に不安を感じつつ、伝票を片手に指定の号室を探す。

「206…」

部屋を見つけ、今にも取れそうなドアノブをひねる。
すると、真っ暗で、だだっ広い約20畳の大宴会用部屋が目の前に出現した。
古い室内に染み付いたタバコの香りが、一気に鼻を刺激する。

「え?」

もう一度部屋を出て、室内番号を確認するが、伝票と同じだった。
“ヒトカラ”はあらゆる場所でやってきてはいたが、
こんな大広間に1人通されるのは初めてだった。
あっけにとられ、思わず片手に持っていた白湯を足元にこぼした。







 

カラオケで30分など一瞬と同然である。
とりあえず、数曲ある十八番のナンバーを次々に送信し、一通り歌った。
色々と年季の入ったこの店だが、マイクの調子もディスプレイも悪くない。
そのおかげで下手な声が室内によく響いた。
肝心な部分がしっかりしているなら、それでよかった。

4曲目あたりからは、なぜかこの空間をレトロに感じ始めていた。
かつてあったであろう金曜日の夜を想像する。
ここで大勢の人が酒を飲み、タバコをふかし、即席のご馳走を食べてどんちゃん騒ぎをしている。
その場を仕切る者、マイクにありつくこともなく下座で身を固める者の幻影も見えた。
そんな場所を今、自分は自由に使っている。
どんなに踊っても、いつもより上手く歌えても、余計な口出しもなければ評価もない。
そんな当たり前のことが、当たり前過ぎて笑いが込み上げる。
そんなとき、ディスプレイにこんな歌詞が流れた。

 



「勘違いしないでね

別にかなしくはないのさ


抱き合せなんだろう

孤独と自由はいつでも-------------------」


the pillows 「ストレンジカメレオン」

ヒトカラ後ならではのすっきりとした心持ちで、会計に向かう。
卓上ベルを鳴らすが一向に店員が来ない。
料金超過になってはまずいので、もう一度押すが反応はない。
結局6回押したところで例の若い店員さんが走ってきた。

「はあ…すみません。ええと…360円になります」

疲れた顔で可愛らしい笑顔をみせた。
この店の店員は彼女しかいないらしかった。

「ありがとうございました。またお越しください」








出口のドアノブをひねって外に出たと思うと、
そこには暗がりで男性が1人、“粉雪”を熱唱していた。
出口ではなく、別の個室に入ってしまったのだ。
振り向いた彼の顔は、驚いてはいたが歌は歌いつづけている。
私は謝罪し、すぐドアを閉めた。
館内の全てのドアは個室も出口も同じ造りをしていてたのだった。



 

彼の部屋は私が使用した宴会場の真隣の部屋で、そこも大きな宴会場だった。


 



fin.






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by londel