「分室」@Gallery Camellia

 

 

 

「やっぱり、境目だ。陰から陽への…」

 

ギャラリーの敷居をまたいだときの所感は、最初に訪れたときのそれと同じものだった。

 

銀座一丁目。築80年以上の時を今も刻み続ける「奥野ビル」の重厚なエントランスをくぐり、何度やっても慣れない手動エレベーターや、そっと触れたくなる錆の付いた階段の手すりや、何か人々の親しみのこもった無数の往来を吸い取ってあらわれるようなシミを持つコンクリート床。そんなかつての高級アパートメントとしての面影を通り抜けた先に、全方位真っ白な二室の、天空のようなギャラリーはある。

 

わたしは一つ目の展示室につながる入り口から片足を踏み入れた。二室目につながる一方の入り口付近で人影が揺れ、こちらに近づいてくる。朝、カーテンを引いた時のような白さに未だ目をしばたたかせるわたしの前に、オーナーの原田さんは笑顔で迎えてくださった。今日わたしが備えておいた情報は片手に握られたハガキ一枚。戸次洋子さんによる展示タイトル「分室」と、コンパスの描かれた版画ーーリングの中に何か星雲のようなものが瞬いているーーが印刷されている。

 

オーナーが示した先に、こぶし大くらいの現物の石が展示されていた。ミルフィーユ状の層が認められるそれは、どこか簡単には人を寄せ付けない独特の風格があって、近くの公園に転がっている種類のものではないことはしろうとにもわかった。その石に続いて、同じく石をモチーフにした木版画が四枚ほど等間隔に並んでいる。どれも狷段未弊亅瓩竜いしたが、かたちも密度もまるで違っていた。

 

しばらくそこで固まっていると、少し遠い肩越しから「こちらは、先ほどの石をそれぞれ別の視点から描かれたそうですよ」と、かろやかな答え合わせがあった。頭の中の問いをそっと汲み取るように。

 

そうなのか。ある一枚の石に刻まれた黒々と光る表面は、暗闇のなかでうねる海原みたいだ。別の石は学生の頃にテキストで見た、ギリシャのアテナイのアクロポリスを上空から描いた図説みたいでなつかしい。以前モリソン書庫に展示されていた一昔前の精緻な図鑑の1ページを眺めているような気分にもなって、とりとめのない想像が、むくむくと。

 

あの狷段未弊亅瓩蓮∋嚇个蠅好きだという作家の方が実際に山中で見つけたものなのだそうだ。気の遠くなるような時間のなかで熱され、積み重なり、冷やされ、割れ、雨に打たれ、転がり、手元に落ちた。それを拾い上げ、眺め、堅く締まった木の小口に堀りつけていく。(実際に小口に触れさせてもらうことができた。想像以上に小さくて、銅版画ではないかと思うほど堅い木だった)そうしてできた一枚は、もはや見ている人の目に「石」としての姿以上に映るのかもしれない。ここが刻々と移り変わる時をあらわす「movement」の部屋。

 

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二つ目の部屋には、ひとつの版木を掘り進めてできた3つの連作が数シリーズ展示されていた。

 

小さなくぼみの内側には、3枚のコンパスの絵が展示されている。あのハガキに描かれていたものだ。こちらも登山中に必要となるアイテムの一つだけれど、そのフォルムは普段よく見るようなものとは違った。てにひらのおさまりが良さそうな丸みは、どこかクラシカルで重厚な趣きがある。シャーロック・ホームズが、難解事件の決定的な切り札として目を見張りながら手にとりそうな。あるいは、訝しげなワトソンに目もくれず「Splendid!」と叫びそうな。

 

リングの中には光を四方に放つ恒星のようなものや、星雲のようなものや、これらが一体になったモチーフが描かれていた。その方角が指し示す先はどんな景色が見えるんだろう。この奥まった真っ白な「分室」シリーズの部屋の片隅に、しばし時をわすれて留まった。

 

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「分室」で思い出すのは、幼い頃に通った市内のちいさな図書館だ。公民館内に併設された、図書館とも呼べないくらい小さな部屋だったけれど、館内を往来する大人たちからの目からすこし離れた場所にあって、子どもにとっては貴重なひとりになれる場所だった。夏はクーラーが効いていて、声のかわいい司書のお姉さんが静かに作業していた。真剣に本を読んでいた思い出はぜんぜんない。でもそこは確かに「中央図書館」にはない密やかさと、気軽さがあり、「わたしがみつけた」という主体性を温めた原初体験となった。

 

それが山なのか、図書館なのか、茂みの中に作った秘密基地なのか、バーのカウンターなのかは分からない。でも人が自分にとって大事なもの呼ぶものは、そうした分室的な空間で見つかることが多いのかもしれない…。

 

帰り道、人知れず頷いた。

 

 

 

 

 

 

by Kei