Best

 

昨日、一乗寺清水町のバス停から修学院駅に向かう途中に、狭い路地を進んでいたときのこと。わたしの先にはー組の親子が歩いていた。母親はシルバーカーをひく背中の曲がったおばあさんで、かなりご高齢の様子。

 

娘は中年のおばさんで、母の背中越しに少し大きなボリュームで心配そうに声かけている。

 

「ねえお母さん、ほんとうに大丈夫? むりしちゃダメ。帰りはタクシーにしましょうね。きこえる? タ・ク・シーに・し・よ・う・ね」

 

いまいち意味が通じない時に人がそうするように、母親は「ううん」とテキトーに返事をして、相変わらず手押し車をガタガタと押しながらすすんでいる。修学院駅はもうすぐだ。どこかに遠くに親子で出かけるのだろうか。

 

娘は相変わらず「気分はどう? むりはダメよ。でも、がんばって」と、耳の遠い母親に励ましのことばをかけ続けている。無反応のおばあさんはそのまま歩き続けていたけれど、ある拍子に「元気よ」と一言放った。「それは良かったわ!」という嬉しそうな娘。

 

「目的地までもう少しよ、お母さん」

 

駅が目と鼻の先の地点で、わたしが彼女たちを追い越しそうになったタイミングで、娘が放ったコトバに一瞬耳をうたがった。

 

「お母さんやっと着いたわよ。フレスコに」

 

フレスコ?

 

「ねえ、99のおばあさんが、ここまで来ちゃたわよ。200mか300mかしら。すごいわ。帰りはタクシーでいいのよ」

 

「もうフレスコなのかい」

 

「そうよ、フ・レ・ス・コ! 本当にすごい」

 

「フレスコ」とは京都にたくさん点在している庶民や旅行者から愛されているスーパーのことで、私も長期滞在する時はたまにお世話になっている。知る人ぞ知るスーパーマーケットのことだ。

 

そして彼女たちは修学院駅前にあるフレスコのガラスの自動ドアの中へスイーっと吸い込まれていった。

 

 

 

 

果物コーナーの中へ消えゆく彼女の丸い背中を眺めながら「ベスト」の意味をあらためて考える。

 

あのおばあさんにとっては、家から300mの先にあるスーパーへ行くことがその日の「それ」だったとすると

 

「それ」を尽くそうとする人の背中は、長く眺めていたくなるなあ、とか

 

「それ」は、比べることも、切り分けることもできない、その人とぴったりくっついている種類のものなのかもね、とか。

 

中でも一番思ったことは、先に歩いている人を追い越さないのも、たまにはいいかも、ということだったけれど。

 

 

 

そーんなわけで、編集部は京都滞在3日目です。

 

次号に向けてのかけらが少しづつ集まりはじめています。鴨川沿いの桜と雪柳がもさもさとしています。

 

 

 

 

 

by londel