梅雨寒やインク切れ白きモンブラン(字余り)

 

 

 

もうこれ以上、頭が働かないことを示唆するかのように、クロッキー帳の上で走らせていたペンのインクが切れた。本来黒に近いミッドナイトブルーのインクが、文字を書き進めるにつれて徐々に薄いスカイブルーに変わり、やがて儚げに消えていった。まるで10分前に空中を旋回していた機体が残した飛行機雲みたいに。引き出しにしまっていたインクのカートリッジケースをチェックすると、嫌な予感は的中。空っぽだった。ペンを置き、椅子から立ち上がり、こり固まった腰を伸ばした。重い頭のこめかみをしばらくマッサージした後、冷水をなみなみと注いだグラスをあおった。


未だかたちにならない牴燭瓩鬟▲Ε肇廛奪箸垢襪燭瓩亮蠱覆録佑凌瑤世韻△襦スケッチブック&濃いめのえんぴつというイラストレーターもいれば、専用のソフトを使うライターもいれば、コピー用紙とゼブラのボールペンを愛用するデザイナーもいる。(実際にそういう方を知っている)そういえば、尊敬しているシンガーソングライターの女の子が、何かの記事で、歌詞の作成は基本的にiPhoneのメモ帳欄が最適であると豪語していたことを覚えている。彼女の歌に絵文字や記号類が多いのはそのためだろう。

 

人それぞれだ。


アイデア出しの際、数年前に親友が贈ってくれた万年筆とクロッキー帳を使うようになったのはいつからだろう。それらによって、最初はいくら頭の中が糸くずみたいに絡まってようと、ある程度言いたいことがかたちになる手応えがあった。この収穫を何度か味わってゆくにつれて、それらは徐々に「神器」としての意味を持ち始め、最終的にジンクスになった。「これを使えばアイデアが出る」と。

しかし、当然ジンクス化にはメリットとデメリットがある。本当はそれなしでもできるものを、ないことでできないと思い込んでしまうことだ。『ホビットの冒険』で指輪に翻弄されるビルボ・バキンズみたいに。本末転倒。だから、それらを使ってもどうにもならない時こそ、そのジンクスと一旦サヨナラするタイミングである。


グラス片手に、ふと小窓の外に目をやると、今にも雨をもたらしそうな黒々とした雲が幾重にも垂れ込めている。そして不思議と納得した。この腰の鈍い痛みとかって、低気圧が運んできたものかもね、と。一人くらいそんなちっぽけなことを天気のせいにしたところで、寛容なお天道サマが怒るはずはない。そんなことを思いながら、再びグラスにミネラルウォーターを注いだ。ノートの上に転がった「神器」も心なしかのびのびと昼寝しているように見えた。休日のあたしみたいに。

 

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夏至になってしまいました。七十二候は「乃東枯(なつかれくさかるる)」。ウツボグサの花穂が黒ずんで枯れたように見えることを指すそうです。最近のアイデア奮闘記にお付き合いくださって、ありがとうございます。。(笑)

そんなわけで、今週から遠方出張で西へ。行ってきますーー。

 


londel