(こちらの写真は今日のおやつ。地元で買った桜餅です。)

 

 

 

前回の「小さな講演会」の感想の続きになります。

 

 

この講演会の中で

大正期に活躍した洋画家・中村研一が自分のことを

「貧乏趣味」と自称している理由が気になったのですが、

それは小金井の邸内につくった例の茶室

「花浸庵」の成り立ちにみることができました。

 

 

*     *     *

 

 

戦後、妻・富子夫人の知人である小橋氏から

この小金井の屋敷を譲り受けた中村夫妻は

徐々に敷地内に改修や新築をほどこし

住まいをつくり上げていきます。

 

 

中村邸の設計に携わったのは

古くからの友人である建築家・佐藤秀三氏。

彼のおおらかな視点によって、

座敷が代用画室へ改修されたり

画室や母屋が新築に変えられたりして

その敷地内は徐々に中村氏の望む空間が

生まれていきました。

 

 

「そこには中村夫妻が“はけ”(国分寺崖線)

ならではの豊かな自然に身を委ねながら晩年を

過ごした様子や、建築家・佐藤秀三による傾斜を

活かした設計手腕を垣間みることができます。」

 

(中村研一記念はけの森美術館 小さな講演会 

東京理科大学工学部建築学科 伊藤裕久研究室作成パンフレットより)

 

 

そんな中村氏の趣味としていたものが

茶の飲むことだったことだそうです。

自分の敷地内に茶室が欲しくなった画家は

譲り受けた母屋の取り壊しの際、

佐藤氏に茶室設計の相談します。

 

 

しかし…問題が浮上。

つまり、とにかくお金が足りないということ。

 

 

そのため、取り壊す母屋の中から丈夫なものを

できるだけ再利用することになり

茶室の施行が始まったのです。

 

*     *     *

 

この日、茶室の8割ほどが古材転用であると

学芸員の伊藤さんによって明かされたときは、

場内も湧きました。

丸い柱は足場として使ったものを磨いて再利用したり(!)とか、

瓦はどこからの取り壊しの家の瓦だったりとか

どこまでもリユースの宝庫なのです。

 

 

彼は自分のことを貧乏趣味と茶目っ気まじりに

語っている理由はここにありました。

 

 

「今でこそエコロジーとかリユースと言われているけど、

この時はただその行為に名がないだけであり、

彼らは実行しているわけです」

という講演者の言葉をメモに筆を走らせる人たち。

 

 

古いものにふたたび命をふきこむ画家なのでした。

きっとこの茶室では堅苦しすぎず

風通しの良い時間が流れたことでしょう。

 

 

「さてそこに座して私も一かどの茶人めかして

見えるのかお客様は必ずといっていい位コチコチになり、

『どうもお茶の方は何も知りませんので』という、

実は私も何も知らないのである、

『いや私方は横千家の家もとで、

当流ではあぐらをかくなり横になるなりお楽に』

というと急に皆話し込むのである。」

 

中村研一「花浸庵由来」

『陶説』124号7月号 1963年7月より

 

 

 

 

 

by londel

 


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