モンブラン本店にて

 

「3万2千円?」
「はい。こちらのタイプのお修理ですと、そのくらいかかるかと思われます…」

 

黒光りした人工大理石風のカウンター越しに、フォーマルスーツに身を包んだ細身の女性スタッフがゆっくりと手袋を外しながら申し訳なさそうに答えた。


例の万年筆(私は四郎と呼んでいる)を握りしめて、銀座にあるモンブラン本店へとやってきたのだ。(以前の日記にも書いたインクが出なくなったペン。インク切れじゃなくて故障でした)そこで言い渡された修理額に、一瞬固まってしまったというわけだ。

 

来店時、応急処置として、お姉さんが水のたっぷり入ったビーカーの中で、スポイトまで駆使して四郎を洗浄してくれたのだが、全く歯が立たなかった。四郎はペン先からは青い澱のようなものを数度吐き出した。苦しげだった。「中で何かが詰まっていますね。たぶん、インクの塊だと思うのですが…」とお姉さんは首を傾けながら、慈しむようにティッシュでペン先を拭いてくれた。

 

万年筆の修理って、だいたいが「インクが出ない」という案件じゃないのかな。中で固まったインクを洗浄するとか、ペン先をちょいといじる程度とか。甘く構えていたのだ。詳しくないからよく分からないけど。

 

そんな素直じゃない客に対して、お姉さんは「こちらのタイプは尚更です」と理由を教えてくれた。普通のタイプだったら、1/3くらいで済むという。(フツウな万年筆ってなんなのか分からないけど)また、正式な修理内容と費用が確定するのは職人が実際にチェックをした後だ。その時点で知らせが入る。ちなみに、そこで断ってしまったら、キャンセル料として5000円ほどかかる。(!)

 

わたしはゴーサインを出した。その時点でリトリートするわけにはいかないだろう。それに、四郎は長年の相棒である。(そのわりにはインク出なくなったけどね)


天使の羽のように、空中からひらひらと契約書が舞い降りてきたので、必要事項をせっせと書き込む。その後も、何かしら書類が続いた。そして、最後に埋めなければならなかったのは「カルテ」だった。縦線、横線、曲線…修理前と修理後で筆記具合がどのように変化したかが分かるように、色々なストロークをいくつか書き残しておくのだ。肩を落としたまま、息絶えた四郎のペン先を紙の上に走らせた。

 

次の瞬間、お姉さんが目を見開いた。すかさず手を差し出した。四郎を手渡した。彼女は別の大きめの紙を取り出し、ふたたびペン先を走らせる。私たちは顔を見合わせた。そして大笑いした。


「毛筆だと思って、末長く愛してあげてください」とお姉さんは言った。

 

わたしはペンケースに彼をゆっくり差し込んで、店を出た。

 

 

 


by Kei

 

 

 

あーよかった。よかった。

校正と執筆ウィーク。。。。コーヒー飲むぞーー。