オニヒトデとナマケモノへの手紙。

 

 

どんなに頑張って書いたって、編集したって、一日に進む量は決まっている。それも日によって変わる。人間だもの(みつおさん?)。でも、やっぱり思うように進まなかった日はなんとなく暗い気持ちになる。あきらめる気持ちが広がってくることが悔しくなる。そしてしばらくしてからこう思う。「あきらめたのか? ノルマ設定が自分に合ってなかったな」と。

 

そんな中、先日電車内で『あきらめた いきもの辞典』という書籍の広告に目が留まった。可愛らしいペンギンのキャラが目を引くヴィジュアルで、ゆったりとした動きが特徴のナマケモノや、大型魚にくっついて泳ぐコバンザメなどの(ヒトにとって一風変わったと思われる動物だろうか)たちを「あきらめた」という切り口でポップなイラストと共に紹介していた。

 

基本ツッコミ役のあたしは、無意識にこう言い直した。つまり、その動物たちはあきらめたわけじゃなくて、フツーに、自分なりのやり方で生きているってことよね。(あくまで一枚の広告を見ただけだけど)そして無性に懐かしい気持ちになった。

 

というのも20歳の時に入社したデザイン制作会社での最終入社試験でも、私は似たような切り口でプレゼンをした。クライアントはその企業という設定でポスターを作って、発表するものだった。そこで私は、昨今の沖縄の美しい海で大量発生し、美しいサンゴの大天敵として駆除し続けられているオニヒトデという海の生き物を元に、テキスタイル状にデザインして、ポスターの具材にして使った。(プレゼン内容を書くと長くなっちゃうので今回はカツアイ)朝のニュース番組で初めてこの子を見た時は、確かに震えた。トゲだらけでイカつすぎるビジュアル。沖縄の海でシュノーケリングすることになり、ポーンと飛び込んだ先に、大勢のこの子らとこんにちはしたら間違いなくギャン泣きするに違いない。

 

けれども、調べていくプロセスで彼らが海でたくさん発生しなくちゃならなかった理由の多くはヒト側にある(海の汚染など)ことを知った。しかも、よくよく見るとその複雑な造形は、神がこしらえたとしか思えないような息を呑む緻密さがある。

 

そんなわけで、とにかくデザインを通してオニヒトデは犁喚瓩任呂覆い箸いΔ海箸鬟廛譽璽鵑靴燭里澄(結論雑…)

「鬼」なんて、それはヒトが名付けただけで、オニヒトデにしてみればびっくりな話かもしれない、と。たぶん「え、ヒトよ。俺のことオニとか勝手にいうなや」って言ってるかもしれない、と。その価値観の転換をもたらすものをデザインできれば面白いんじゃないか、と。そんな提案をした。9割捨て身だったのだけど、その後入社。結局リトルプレスが作りたくて足早に会社から踵を下げ、今のグラフィックと編集中心に切り替えて、6年が経ったところ。

 

随分話が遠回りしちゃったけれど、話を戻すと、あきらめたとか、あきらめないとか、そんなことは私たちの何歩も先を行く動物たちからしたら、大したことではないなんだなということ。ナマケモノにとっての速度があるように(この名前でしか呼べないことが歯がゆいけれど)ヒトも自分なりの速度で歩けばいい。いつも動物からは教えらえる。ヒト科として、今日は改めて彼らに手紙を送りたいと思った。

 

 

上の写真。この前薬をもらいに病院行ったら、隣に座っていた姉妹と仲良くなった。4歳と2歳の可愛すぎる人たちだった。受付に置いてあるメモをとって、鉛筆を使って何やら大胆に描き始めて、最終的にこれをくれた。

画伯姉「ロケットになったうーたんと、スイカバーだよ」

あたし「ふうん。ちなみに、そのロケットって宇宙まで行けるの?」

画伯姉「行けるよ。星のところまで」

あたし「へー。うーたん強いね。乗ってみたいね」

画伯妹「キャッキャッキャッ」

 

 

by londel