バッタリ

 

友だちとの「バッタリ」は(言うまでもないけれど)心踊る。

 

「けいこちゃん」

 

先週、待ち合わせ場所まで向かっていた途中のこと。駅のロータリーで背後から肩を軽くポンポンと叩かれた。振り返ると、馴染みのお店のスタッフのお姉さんが目を見開いて、超高速で手を振っている。わたしは思わず「わああおおおあ」と叫んでしまった。

 

「あたしたち、いつも不思議なとこで会うねー」

「ほんとね」

 

というもの彼女とは、この前も街を歩いている途中に「バッタリ」したばかりだ。(生活圏はほんのちょっと、被る程度なのに)私たちはいつも通りピーチクパーチクと立ち話をして、さらっと別れた。

 

好きな人と「バッタリ」する時の特別感は、待ち合わせでは到底味わえそうにない。もちろん、声をかけるかはその時の雰囲気にもよるのかもしれない。だからこそ、互いのタイミングが合った「バッタリ」ほど稀有だ。

 

「バッタリ」というワードで、昔恩師が語ってくれたことを思い出した。彼がその昔アメリカ旅行中、街角で日本人の友だちにバッタリ会ったという。さらに帰国後のある日、電車に乗ろうとした際に彼女とまたバッタリしたらしく、バッタリと腰を抜かしかけたとかなんとか。(うろ覚え…汗)

 

日々の中で、計算外に起きる驚きって、なんだか砂浜に落ちている貝殻に似ている。何に使えるのとか、どんな意味があるかは分からないけど、とにかく拾い集めたくなる種類のものだ。そういう「よくわからんけど集めたいもの」って結構大事だと思っていて、いつもせっせと探してしまっている。

 

今日もどっかにあるといいですね。

 

by londel

 

写真。週末、ステキな機会があって、山本有三記念館へ。はーーーー。(憧憬)