白紙は怖い。それでいい。

 

 

デスクトップにいつもの儀礼どおり、“とりあえず”起動されたテキストエディット。

まっしろな画面の左上あたりで、千鳥歩きの酔いどれみたいに行ったり来たりするカーソルは

優柔不断な動きを無視して、一定のタイミングで無慈悲にチカチカしつづける。

両手の指の腹にじわりと感じはじめる、かすかな湿り気。

 

こんな時、決まって思い出すことがある。TDGに入りたての頃、第一回目のイラレ講義で、開口一番に先生が教えてくれたことだ。

まっしろな新規ファイルを全員に起動させた後、先生はいつも通りの穏やかな口調でこう言った。

 

「このファイルを見て。これから僕たちは『白紙に秩序を作る』ことを学んでいきます。

けれど、その無から有を生み出そうとする行為って大抵のヒトは最初、怖いと感じるものでもあります。

それをまず、覚えておいてね」

 

正直、これを言われた時、目を見張ったことを覚えている。2つのワケがあった。まず1つ目は、これからデザインを学ぼうとしている意欲的な新入生たちに対して、不安感を覚えろとは何事じゃ、ということ。他の先生たちの授業は、「これから若いクリエイターが花開くように」とか「楽しい授業が待ってる」とか、どれもやる気を促すようなポジティブなヴィジョンしか語っていなかったから、そのコントラストは歴然としていた。

 

2つ目は、よくぞ代弁してくださった! という前者とはまったく裏腹な共感の気持ちだった。周りの子たちの意識の高い雰囲気ーやる気ありますバイアス(?)ーにかき消されそうになっていたけど、実はわたしも内心は震えていたのだ。わけがわからなかったのだ。目の前の真っ白の画面は、当時のデザインのデのdの字も分からない(今もまだ全然分かってないけれど)1ヶ月前はペーペーの高校生であった学生からすれば、ただ訳のわからない、無機質なシロモノでしかなかった。

 

同時に、何をどうしたらいいのか分からないとき、そしてそれがいけないことだと自分で決めつけているときに、ヒトは一番不安になるという現象を、傍観者的な目で垣間見た、ちょっと大人びた瞬間でもあった。

 

その後、たくさんの授業があった。課題があった。不思議なのは、今でも唯はっきり覚えてる授業っていうのが、意欲的な学生たちにあえて「白紙の不安感」をしっかり向き合わせ、焼き付けてくれたあの授業だけなんだよな。

 

そんな、学生時代の残像でした。

 

 

 

by londel

 

 

photoは、銀座あけぼのの大福です。好きすぎます。

狭山茶と一緒に。モチモチライフが充実中。(なんじゃそれ)